法と経済学
***第六回***

Law + Economics

中央大学 国際情報学部 教授・学部長
博士(中央大学・総合政策)、米国弁護士(
NY州)
平野 晋

関連ページは、「現代不法行為法理論」の中の「経済学的抑止論」(Economic Deterrence Theory

Susumu Hirano, Professor of Law, Faculty of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN); Member of the New York State Bar (The United States of America). Copyright (c) 2014 by Susumu Hirano.   All rights reserved. 但し作成者(平野晋)の氏名&出典を明示して使用することは許諾します。 もっとも何時にても作成者の裁量によって許諾を撤回することができます。 当サイトは「法と経済学」の研究および教育用サイトです。

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主要参考・引用文献

関連情報

ジョン・ロールズによる批判 ~公正としての正義、分配に於ける正義、他~

「規範的法哲学者」(normative legal philosophers)とは…

ドゥオーキンによる批判

「法と経済学」と「シカゴ学派」の歴史

アメリカ法学に於ける学際研究の歴史と、法と経済学とカラブレイジ

「パレート最適」よりも「カルドア・ヒックス効率」の方が「法」の経済的分析に適する理由

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 第6回講義

前回の講義の「誘因」(incentive)について(復習・追加)

法と経済学は誘因を重視する。 VELJANOVSKI, infra, at 22-24.
殆どの人は、費用と便益に予測可能な反応を示す。→ そのような人間の性向を、在るべき法に応用する。E.g., タバコ規制と課税――L.レッシグ「馬の法」:①直接的法規制、②社会常識、③規格、および④市場原理(=誘因)を用いて、喫煙減少政策を実現化させる。

「市場の失敗」(外部化)と「迷惑メール」と「共有地の悲劇」

法と経済学は、「市場」と「価格」を行動の原理として重視。売主と買主の行動と決定は、市場の価格機構と緊密な相関関係にある。VELJANOVSKI, infra, at 36.
需要供給曲線=「ハサミ」Id.
「市場」とは、取引交換の場。Id.; アメリカ不法行為法at 217.
「市場の失敗」"Failure of the Mkt." 原因(特に「法と経済学」で指摘されているもの)は、以下の四つ。
①独占(monopoly) → (平野) 映画「ブラッド・ダイアモンド」(レオナルド・デカプリオ主演)を参照。
②情報の非対称性(asymmetry of information)
外部性(externality)
公共財(public good[s])
Seeアメリカ不法行為法at 229以降(外部性・内部化), 233(情報); クーター&ユーレン, infra, at 70-71.
これらの場合には治癒する為に、自由市場への政府の介入が許容されるとされている。BUTLER & DRAHOZAL, infra. at 120.

「独占」(monopoly)

価格の操作が可能に成り、価格が生産限界費用を超えて高額に成る(*1)から非効率。VELJANOVSKI, infra, at 37-38.
逆に完全競争市場(*2)であれば、需要供給曲線の「神の見えざる手」(アダム・スミス)によって望ましい結果に到る。Id.
(*1) 完全競争市場に於いては、市場価格が限界費用(marginal cost: MC)を表すところまで下落するはずである(see POSNER (7th ed.), infra, at 8)。何故ならば、仮に或る生産者がそれ以上の価格を値付けしても、競争が激しい為に、消費者は他の生産者の提供するより安い(すなわち限界費用により近い価格の)代替製品を購入してしまうからである。See VELJANOVSKI, infra, at 37. なお、既に学んだように生産(supply)側では、生産者は利潤の極大化を求める。利潤の極大化とは、すなわち、「総収入(総売り上げ:total revenues)マイナス総費用(total costs)」の金額の極大化を目指すことを意味する。そこに於いては、生産物を一個増産する為の生産の限界費用(marginal cost: MC)が価格より低い限りは、一個増産することにより追加的な利潤が獲得できるので生産量が増え続けて、究極的には「生産限界費用=価格」に到達するまで供給量が増えるはずである(see 森本, infra, at 105; COOTER & ULEN, infra, at 30; POSNER (7th ed.), infra, at 8; HARRISON, infra, at 264, 272)。 
(*2) 完全競争市場では、どの生産者が価格を変えても全体の価格に影響を与えない(例えば野菜生産者)。そのように、自らは価格決定力を有せずに市場価格を受容せざるを得ない者を、「価格受容者(price taker)と云う。HARRISON, infra, at 261.
[詳細は「旧版ロー&エコ第六回」参照]
応用: DeBeersによる「ブラッド・ダイアモンド」の独占。BUTLER & DRAHOZAL, infra. at 122. 弁護士数(合格者数)と云う生産量を制限するカルテルは何を生むか? / 生産者は常にpretextとして「質の低下」を叫ぶ。(e.g,, タクシー業界の参入障壁議論) / 日弁連は常に正しいのか? ← 人は誰でも「ホモ・エコノミカス」(Homo economicus) !! / 独占は価格以外の取引条件も悪化させる --- 質の低下、innovationの減少、生産費用の非効率な増加、等。
対策: 独占禁止法 「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(昭和二十二年法律第五十四号)

②「情報の非対称性(asymmetry of information)  

See 平野 『アメリカ不法行為法, infra, at 223-24.
完全競争市場では、全ての経済主体が意思決定に関連する完全な情報を持っているとの前提←→現実は異なる。BUTLER & DRAHOZAL, infra. at 120.
有名な「中古車(レモン(*))」市場の論文: George Akerlof, The Market for Lemons: Quality Uncertainty and the Market Mechanism, 84 QUARTERLY J. OF  ECO. 488(1970)(中古車の質を低いものと看做し、価格も低く評価してしまう).
 → 消費者は、危険な製品を不当に多く買い過ぎたり、逆に安全な為に高価でもある製品を不当に買い控えたりしてしまう。
 (*)"lemon"とは「欠陥品」の意。
すなわち、good carsがunder-evaluatedされ、bad carsがover-evaluatedされる → すると、good carsの売主は損をするから市場にgood carsを供給しなく成り、逆にbad carsの売主は得をするから供給したがる。 → bad carsがgood carsを駆逐し、good carsの市場が無くなってしまう = 「adverse selection」 (逆選択) BUTLER & DRAHOZAL, infra. at 220; アメリカ不法行為法at 235-38.
治癒策: 
     民法 ---  制限能力者(i.e., 未成年者、成年後見制度(*))=「取り消し得る」、詐欺=「取り消し得る」。

             (*)判断能力の不十分な者の行為能力を制限
                成年被後見人 .... 判断能力を欠く常況の場合
                被保佐人 ............ 判断能力が著しく不十分な場合
                被補助人 ............ 上ほどでは無い場合

特別法: 
消費者契約法」(平成十二年法律第六十一号) --- 重要事項の誤認等に因る意思表示を取り消し得る。
特定商取引法――「特定商取引に関する法律」(昭和五十一年法律第五十七号、改定:平成二十一年法律第四十九号) --- 訪問販売、電話勧誘販売、等に就いて、一定期間(書面受領後8日程度)以内ならば「クーリングオフ」(申込の撤回や契約の解除)可能。
景品表示法――「不当景品類及び不当表示防止法」(昭和三十七年法律第百三十四号)(食品偽装問題) --- 誘引する為の広告等の不当表示(優良誤認・有利誤認)に対し排除命令→懲役または罰金刑。
製造物責任法」(平成六年法律第八十五号)--- 厳格責任の根拠の一つ。警告義務。「『欠陥』とは、...当該製造物の特性、...を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう」→「当該製造物の特性」には、「製造物の表示(事故を防止するための表示等)」が含まれる。
その他金融系取引、証券取引、等。開示義務。FD. 警告義務。告知義務。

「外部化」(externalization)

externalities / external effects
negative externalities: 負の外部性 / external dis-economy: 外部不経済
positive externalities: 正の外部性 (external benefits / external economy: 外部経済
費用を他人(第三者)に押し付ける事に因り、費用・価格が本来よりも安価に見える為に市場の調整機能が働かない。望ましくない生産を最適レベルにまで抑止する為には、その外部費用を内部化する事が必要。See VELJANOVSKI, infra, at 39.
別名は「spillover」「third-party effect」「divergence[相違] between private and social costsId. at 38.
v.「内部化(internalization) 
工場による公害と生産量、環境問題
Garrett Hardin, The Tragedy of the Commons 162 SCIENCE 1243 (1968)の概要説明...
以下のパワーポイント:共有地の悲劇のスライド、及びYouTubeの動画「サイバー法という新たな法律学」(7:30近辺からspamのお話)の中からの「共有地の悲劇(10:15近辺から「The Tragedy of the Commons」のお話)の説明、spamの法と経済的分析英語論文、迷惑メールの構造図  (「サイバースペース」の語源であるサイバーパンク映画の例は「運び屋ジョニー」)
参考

迷惑メール問題。(発信者側が使い放題のプロバイダで、受信者側に処理コスト負担や従量制の料金課金が発生するインターネットの工学技術的構造ゆえに生じる外部不経済。)
 Seeアメリカ不法行為法at 229以降.  / 「講義の風景」   更に、2001年11月の記者会見も。 「ケータイWatch
(*1)  (*2)

(*1) 当科目の指導教授がNTTドコモ法務室長時代に社長と共に行った記者会見を報じる新聞記事。
(*2) モバイル・インターネット上の迷惑メールに対する差止を世界で初めて裁判所が命じた旨を報じた『ウオールストリート・ジャーナル(アジア版)』の記事。

平野晋「迷惑メール問題と米国に於ける分析」in 『日本データ通信』127号、53, 60頁(平成14年9月)(Garrett Hardin, The Tragedy of the Commons 162 SCIENCE 1243 (1968)の要旨を紹介); Kenneth C. Amaditz, Canning "Spam" in Virginia: Model Legislation to Control Junk E-mail, 4 VA. J. L. & TECH. 4 at para. 3, 70 (1999) (「迷惑メールの違法性分析」として引用); 平野晋「迷惑メール(迷惑通信)対策」 in 『情報白書2004』((財)日本情報処理開発協会編、2004年8月); 「迷惑メール配信拒否――ドコモ、あて先不明多発で判断」 in 『日経産業新聞』2001年11月6日(仮処分勝訴命令を受けてドコモで筆者と社長が記者会見で発言した旨を報じる新聞記事); Michael A. Heller, The Tragedy of the Anticommons: Property in the Transaction from Marx to Markets, 111 HARV. L. REV. 621, 684 (1998) (所謂「反共有地の悲劇」に関する有名論文からの引用);   Michael A. Heller & Rebecca S. Eisenberg, Can Patents Deter Innovation? The Anticommons in Biomedical Research, 280 SCINECE 698, 698 (1998); RICHARD A. POSNER, ECONOMIC ANALYSIS OF LAW 66 (4th ed. 1992).


出典: NTT DoCoMo, Inc. (2001年11月記者会見時の発表資料;一日のメール通数の推移)

対策は?

「共有地の悲劇」(カニ漁)のリアリティ番組➡ ボン・ジョビのテーマソング付イントロ /  「ベーリング海の一攫千金」(Deadlist Catch)


本日の講義はココまで; 課題として配布物を読んでおくこと、及び、『アメリカ不法行為法, infra, at pp.215~17+227~35周辺を読んでおくこと。


ジョン・ロールズによる批判 ~「公正としての正義」、「分配に於ける正義」、他~

See平野晋『アメリカ不法行為法---主要概念と学際法理342-44頁(中央大学出版部、2006年)の第二部、第II章.

規範的法哲学者」(normative legal philosophers)とは…

「法と経済学」および「批判的法学研究」(CLS: critical legal studies)との比較に於いて、第三番目の法の原理的な学派としてのジョン・ロールズのことを、倫理哲学的に不法行為法を分析する指導的学者のGeorge P. Fletcherは以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).
Fletcher, Why Kant, supra, at 428-29.

ドゥオーキンによる批判

有名な批判は、ドゥオーキンの以下の論文です。

Ronald M. Dworkin, Is Wealth a Value?, 9 J. LEGAL STUD. 191 (1980).

「法と経済学」は、社会に於ける富の極大化を善として、それ自体が目的化しているようです。

しかし、富の極大化自体が何故、善なのでしょうか?

法が本来目指すべきは、「福祉の極大化」(welfare)であるべきです。


「法と経済学」と「シカゴ学派」の歴史

「法と経済学」という比較的新しい学際的学問分野の出現に於いては、いわゆる「シカゴ学派」(Chicago School)がその勃興に貢献したという指摘を、しばしば目にします。

それでは一体、その法と経済学のシカゴ学派というものはどのように出現したのでしょうか?その歴史を簡潔に示すものとして、以下の論考の中から紹介しておきましょう。

出典: Minda, James Boyd White's Improvisations of Law As Literature, infra, at 157, 168-170.

アメリカ法学に於ける学際研究の歴史と、「法と経済学」とカラブレイジ(Calabreisi)

アメリカでは古くから学際的に法律学を研究していた点を、倫理哲学的に不法行為法を分析する指導的学者のGeorge P. Fletcherが、以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).
(n.17)Calabresi, Some Thoughts on Risk Distribution and the Law of Torts, 70 YALE L. J. 499 (1961).
(n.18) K. LLEWELLYN & E.A. HOEBEL, THE CHEYENNE WAY (1941).

「パレート最適」よりも「カルドア・ヒックス効率」の方が「法」の経済分析に適する理由

この点についても、前掲George P. Fletcherが、以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).

主要参考・引用文献


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"[E]very lawyer ought to seek an understanding of economics" because [w]e learn that for everything we have to give up something else, and we are taught to set the advantage we gain against the other advantage we lose, and to know what we are doing when we elect.
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Oliver W. Holmes, The Path of the Law, 10 HARV. L. REV. 457, 474 (1897) cited in
Stephen G. Gilles,
The Invisible Hand Formula, 80 VA. L. REV. 1015, 1042 (1994).

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