法と経済学
***第七回***

Law + Economics

中央大学 国際情報学部 教授・学部長
博士(中央大学・総合政策)、米国弁護士(
NY州)
平野 晋

関連ページは、「現代不法行為法理論」の中の「経済学的抑止論」(Economic Deterrence Theory

Susumu Hirano, Professor of Law, Faculty of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN); Member of the New York State Bar (The United States of America). Copyright (c) 2020 by Susumu Hirano.   All rights reserved. 但し作成者(平野晋)の氏名&出典を明示して使用することは許諾します。 もっとも何時にても作成者の裁量によって許諾を撤回することができます。 当サイトは「法と経済学」の研究および教育用サイトです。

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関連情報

ジョン・ロールズによる批判 ~公正としての正義、分配に於ける正義、他~

「規範的法哲学者」(normative legal philosophers)とは…

ドゥオーキンによる批判

「法と経済学」と「シカゴ学派」の歴史

アメリカ法学に於ける学際研究の歴史と、法と経済学とカラブレイジ

「パレート最適」よりも「カルドア・ヒックス効率」の方が「法」の経済的分析に適する理由

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 第7回講義

「市場の失敗」の続きー「公共財」「協力ゲーム」「囚人のジレンマ」「交渉[取引]理論」

___________________.

「市場の失敗」の続き- 「迷惑メール(外部化・共有地の悲劇)」と「公共財」

  ③「外部性」(externalities)の続き

土地所有者・占有者等に空中権を付与せずに、ドローンに低空(500フィート=152m未満)飛行権を付与すれば、プライバシー権等が外部化されるので、ドローン飛行が過剰に増えてしまう。逆に、ドローンに低空飛行権を付与せずに土地所有者・占有者等に空中権を付与すれば、過剰な飛行が抑止されて効率的な飛行量に至るから望ましい、と主張するアメリカ法律論文の主張。 ⇓

            
    Deadweight Loss: 死重的損失(社会的最適と比較した場合の総余剰の減少)、超過負担 / MCs: Marginal Costs social /
     MCp: Marginal Costs private / MB: Marginal Benefits
 / Q*Q1: Quantity

   Troy A. Rule, Airspace in an Age of Drones, 95 Boston University Law Review 155, 191 Figure A (2015).

   以下は、500フィートよりも上空を航空機が地上の土地所有者・占有者等の許諾なく飛行できる現状の表。500フィートよりも上空域を航空機が飛行しても地上の権利はさほど侵害されていない。言い換えれば外部費用が少ない。∴さほど過剰生産が生じてもいない。
   しかし上のドローンの表は、500フィート未満を飛行するドローンが外部費用を沢山生むことに成りその結果として過剰生産状態に至ることを示している。

          

    Id. at 193 Figure B.

 ④「公共財(public good[s])

細田衛士&横山, infra, at 27~; クーター&ユーレン, infra, at 155~; HARRISON, infra, at 52-53 & Fig. 11.
公共財とは、一人が消費しても他人の消費を妨げない場合。供給者が一人に供給すれば、他者にも供給することになってしまう場合。←→私的財private good[s] BUTLER & DRAHOZAL, infra., at 123.
言い換えれば、私的財ならば代金を支払わない者を排除できるけれども、公共財はできない。
核防衛という安全保障         
情報財 ... 「非競合性(non-rivalry)」・「非排除性(non-excludability)」という「公共財」ゆえに、「フリー・ライダー」が生じ、市場経済では効率的な生産が不可。故に政府が要介入。
          クーター&ユーレン, infra, at 162-63.
v.私的財」(private good[s]
排除原則exclusion principle
競合性rivalry 同時に存在し得ないような性質。 たとえば、「りんごvs.情報」
排除性excludability  対価を払わない人を排除できるような性質。  たとえば「腕時計vs.情報財」 → 排除技術の進歩&排除費用の低廉化により、費用対効果が向上して排他性が出て来る。E.g.,ソフトウエア
公共財は排除原則が上手く働かない。← 「非占有性non-appropriability
只(タダ)乗りfree rider 対価を支払わずに利益を享受する者。 クーター&ユーレン, infra, at 72-73. E.g.,核戦争に対する防衛軍備は、私的財には馴染まず(一人を守ると他人を守れない訳ではないから)、公共財(public goods)。
= positive externalities(正の外部性)を享受する者 HARRISON, infra, at 52. 
= 他人の行為から利益を得つつ、その他人は対価を得られない
。 例)多摩動物公園駅周辺の駐車場地主、借景、長屋で買う番犬
参考: 「公共負財・負の公共財」(public bads) 細田衛士&横山, infra, at 31. 例えば、「PM2.5(大気汚染)」のように、非競合性・非排除性な負の財。外部不経済により生産超過になりがち。
ハイポ: 隣同士の家で何れが番犬を飼うか? 何れか一方が飼えば他方もカバーされる。
chicken gameHARRISON, infra, at 52.  双方の家は共に只乗りしようとして、双方共に番犬を飼わない虞が出る。
HARRISONFigure 11at 53 


本日の講義はココまで

↑ ちょうど『アメリカ不法行為法図表#25 at 230頁とは反対の曲線: 不十分な生産量しか生まれない。
∵ 「只乗り」しようする分だけ、需要が[不適切に]減る。

Cooperative Game (協力ゲーム)

「財産権」(property)がなぜ有用かを示す為には、「協力ゲーム」(取引)が余剰を生むから望ましいという理論を理解し、且つ、取引が成立する前提として財産権が社会契約によって保障されることが重要であることも理解することが必要である。

参考: 平野晋『体系アメリカ契約法』14~17頁&図表#1.1(2009年、中央大学出版部).

「自然状態」(state of nature)から「文明社会」(civil society)の「協力解」へ
ハイポ: AさんとBさんが収穫物を奪い合うハイポ。クーター&ユーレン, infra, at 114-15, 122-23; COOTER & THOMAS ULEN(5th ed.), infra, at 83-84 & Tables 4-1 & 4.2.  生産の技能で各々50,150が生産される。しかし奪う技能+防衛技能の結果、富が再分配されて各々80,120を享受することに成る。
E.g.,, 映画「マッドマックス2」 (Mad Max2: Road Warrior: メル・ギブソン主演); 「七人の侍」(黒澤明監督)

state of nature
自然状態

Farmer Corn Grown Corn Gained by Theft Corn Lost thru. Theft Net of Corn Consumption
A 50 40 -10 80
B 150 10 -40 120
200 50 -50 200

_____________________.

civil society
文明社会

AさんとBさんが、互いに財産権を認め合う社会の場合。  余剰を分配する仕組みも合意されている。(以下の例では、余剰を平等に分配している)
Farmer Threat Value(*) Social Surplus Share of Surplus Net of Corn Consumption
A 80 cooperation 50 130
B 120 50 170
200 300 100 300
(*)threat value(威嚇値)とは、その値を超える利得が得られるならば協力に応じる値。この値を少しでも超えるならば協力に応じるはずの値。 

以上をまとめると . . . ↓

自然状態state of nature 文明社会civil society 協力による余剰cooperative surplus
非協力解
non-cooperative solution
協力解
cooperative solution
社会的余剰
(social surplus)
A+B=200の総計生産量を互いに奪い合う。 所有権を承認し合って、奪い合いを
止めて浮いた費用を増産に当てた結果として
300の生産量に至る。
増産分100。
協力し合うことで、余剰価値を生む。
所有権が政府によって保障されているからこそ、譲渡を通じた以下のような余剰の創出が可能になる。  ➡ ∴ 日本国憲法 第29条 (財産権の保障)   「財産権は、これを侵してはならない。」
所有権の保障は「社会契約(social contract)」。 「社会契約」とは、交渉によって最終的に到達するであろう、社会生活の基礎的な合意。法的な擬制(legal fiction)「看做す」

______________________.

前回のおまけ: 「共有地の悲劇」(カニ漁)のリアリティ番組➡ ボン・ジョビのテーマソング付イントロ /  「ベーリング海の一攫千金」(Deadlist Catch)

_____________________________________________________________________________.

Prisoner's Dilemma (囚人のジレンマ)  --- 「非協力ゲーム」(noncooperative game)の例
ゲームの中のように、戦略に従って決定を下す。「戦略」とは他者の反応に応じて行動を計画することの意。
COOTER & THOMAS ULEN(5th ed.), infra, at 38-41.
HARRISON, infra, at 40-41.
量刑分類 A
(刑期・年)
B
(刑期・年)

(刑期・年)
一人(A)が自白
(Bは黙秘)
1
(*1)
10 11
一人(B)が自白
(Aは黙秘)
10
(*4)
1 11
二人とも自白 5
(*3)
5 10
協力解 二人とも黙秘 2
(*2)
2 4


A
(白色)にとっては . . .

  
Bが黙秘
(黄色)の場合は、(*1)Aが自白すれば 1年 のみだが、(*2)Aが黙秘すれば 2年 なので、Aは自白した方が得。

  Bが自白した
(オレンジ色)場合は、(*3)Aも自白すれば 5年 だけれども、(*4)Aが黙秘すれば 10年 なので、
やはりAは自白した方が得。

  ∴Bが如何に行動しようが、Aにとっては常に自白が最適

Bとっても同じ分析結果=自白が常に最適。  (これを総じて「ナッシュ均衡: Nash equilibrium」と云う。) → 映画「ビューティフル・マインド」(ラッセル・クロウ主演
尤も双方共に黙秘すれば、双方共に2年で済むけれども、互いに情報を交換し合えない情況ゆえに、その行動は採らない。(非協力ゲーム

______________________.

囚人のジレンマの「共有地の悲劇」への応用[1]

l         [映画「大いなる西部」[2]を思い浮かべてみて . . . ] 農夫Aと農夫Bが貯水池から水を汲むと作物の成長期が終わる前に水が枯渇してしまって、ABそれぞれ$50ずつしか収益できない。

l         しかしもしABどちらか一方が取水制限を自発的に採用すれば、取水制限者の収益は$30に成るけれども他方の収益は$80に成る。

l         そしてもしAB双方が取水制限をすれば、水が成長期の最後まで枯渇しないから、ABそれぞれ$60ずつの収益を得られる。

Farmer

双方ともに使い放題

Aのみが取水制限

Bのみが取水制限

双方が取水制限

A

$50

$30

$80

$60

B

$50

$80

$30

$60

$100

$110

$110

$120



[1] このハイポの出典は、Harrison, supra, at 41-42 (但し「大いなる西部」は指導教授が追記し、かつ前掲図表も講師が作成).

[2] Big Country(United Artists, 1958) (グレゴリー・ペック、チャールストン・ヘストン).

Bargaining Theory (交渉[取引]理論)

See COOTER & THOMAS ULEN, infra, at 78~;  クーター&ユーレン, infra, at 113~.
See also 平野晋『体系アメリカ契約法』16頁&図表#1.1(2009年、中央大学出版部).
ハイポ: 自動車のSellerはその価値を$3,000に評価($3,000以上なら売ってもokay)。Buyerは$5,000のキャッシュを遺産で入手したので、その内の$4,000迄なら購入しても良いと評価(これらの値を「threat value:威嚇値」と云う。) 交渉の結果、$3,500で売買成立。SellerとBuyerは各々$500づつ(計$1,000)の得をした。=$1,000の「余剰」が生まれた!

この「余剰」を更に分析すると、仮に両者が協力(交渉)せずに居た場合には、二人社会に於ける財の総価値は、$3,000(Aの評価額)+$5,000(Bの手元キャッシュ)=$8,000だったところを、交渉の結果で総価値は、Sellerが$3,500を入手+Buyerは$5,000(遺産相続キャッシュ)-$3,500(代金)+$4,000相当の自動車入手=$5,500となったので、計$9,000となり、非協力解よりも$1,000の余剰が創出された。
取引交換「前」 取引交換 取引交換「後」 余剰
Seller $3,000 $3,500 +$500
Buyer $5,000 $5,000-$3,500+$4,000=$5,500 +$500
Total $8,000 $9,000 +$1,000
これは「パレート最適」!! : 「win-win
すなわち、取引/契約は原則として各当事者の福祉を向上させ、延いては社会全体の福祉を向上させるので望ましい。 Korobkin, The Problems with Heuristics for Law, infra, at 48-49. 法の役割は、契約違反への救済を付与することにより契約への信頼を高めることと、取引の阻害要因である情報の非対称性を減少させることにある。Id.

ジョン・ロールズによる批判 ~「公正としての正義」、「分配に於ける正義」、他~

See平野晋『アメリカ不法行為法---主要概念と学際法理342-44頁(中央大学出版部、2006年)の第二部、第II章.

規範的法哲学者」(normative legal philosophers)とは…

「法と経済学」および「批判的法学研究」(CLS: critical legal studies)との比較に於いて、第三番目の法の原理的な学派としてのジョン・ロールズのことを、倫理哲学的に不法行為法を分析する指導的学者のGeorge P. Fletcherは以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).
Fletcher, Why Kant, supra, at 428-29.

ドゥオーキンによる批判

有名な批判は、ドゥオーキンの以下の論文です。

Ronald M. Dworkin, Is Wealth a Value?, 9 J. LEGAL STUD. 191 (1980).

「法と経済学」は、社会に於ける富の極大化を善として、それ自体が目的化しているようです。

しかし、富の極大化自体が何故、善なのでしょうか?

法が本来目指すべきは、「福祉の極大化」(welfare)であるべきです。


「法と経済学」と「シカゴ学派」の歴史

「法と経済学」という比較的新しい学際的学問分野の出現に於いては、いわゆる「シカゴ学派」(Chicago School)がその勃興に貢献したという指摘を、しばしば目にします。

それでは一体、その法と経済学のシカゴ学派というものはどのように出現したのでしょうか?その歴史を簡潔に示すものとして、以下の論考の中から紹介しておきましょう。

出典: Minda, James Boyd White's Improvisations of Law As Literature, infra, at 157, 168-170.

アメリカ法学に於ける学際研究の歴史と、「法と経済学」とカラブレイジ(Calabreisi)

アメリカでは古くから学際的に法律学を研究していた点を、倫理哲学的に不法行為法を分析する指導的学者のGeorge P. Fletcherが、以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).
(n.17)Calabresi, Some Thoughts on Risk Distribution and the Law of Torts, 70 YALE L. J. 499 (1961).
(n.18) K. LLEWELLYN & E.A. HOEBEL, THE CHEYENNE WAY (1941).

「パレート最適」よりも「カルドア・ヒックス効率」の方が「法」の経済分析に適する理由

この点についても、前掲George P. Fletcherが、以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).

主要参考・引用文献


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"[E]very lawyer ought to seek an understanding of economics" because [w]e learn that for everything we have to give up something else, and we are taught to set the advantage we gain against the other advantage we lose, and to know what we are doing when we elect.
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Oliver W. Holmes, The Path of the Law, 10 HARV. L. REV. 457, 474 (1897) cited in
Stephen G. Gilles,
The Invisible Hand Formula, 80 VA. L. REV. 1015, 1042 (1994).

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