法と経済学
***第十回***

Law + Economics

中央大学 国際情報学部 教授 & 学部長
博士(中央大学・総合政策)、米国弁護士(
NY州)
平野 晋

関連ページは、「現代不法行為法理論」の中の「経済学的抑止論」(Economic Deterrence Theory

Susumu Hirano, Professor of Law, Faculty of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN); Member of the New York State Bar (The United States of America). Copyright (c) 2020 by Susumu Hirano.   All rights reserved. 但し作成者(平野晋)の氏名&出典を明示して使用することは許諾します。 もっとも何時にても作成者の裁量によって許諾を撤回することができます。 当サイトは「法と経済学」の研究および教育用サイトです。

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主要参考・引用文献

関連情報

ジョン・ロールズによる批判 〜公正としての正義、分配に於ける正義、他〜

「規範的法哲学者」(normative legal philosophers)とは…

ドゥオーキンによる批判

「法と経済学」と「シカゴ学派」の歴史

アメリカ法学に於ける学際研究の歴史と、法と経済学とカラブレイジ

「パレート最適」よりも「カルドア・ヒックス効率」の方が「法」の経済的分析に適する理由

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第10回講義  コースの定理の続きと、「不法行為"法と経済学"」その@

コースの定理と、「取引費用がゼロならばリアレンジメントにより ...」(配布物)の続き前回第9回講義の続き)

以下は、取引が行われ得ない場合

 社会的費用の選択肢→  柵なし $100 / 農場側に柵 $50 / 牧場側に柵 $75 

敗訴者→ 農場主π 牧場主
社会的費用の効率性の評価
(事故防止策$50を採る
)

(加害
防止策$75を採る)

以下は、取引が行われ得る場合
敗訴者→ 農場主π 牧場主
社会的費用の効率性の評価
(事故防止策$50を採る
)
[但、取引費用がゼロならば!!]
賄賂(
bribe)を農場主につかませる

コースの定理のハイポ(#2): 周辺住民の洗濯物を汚してしまう工場の煤煙

以下、see POLINSKY, infra, at 11-14.


以下「損害賠償」だけを救済手段とした場合(i.e., インジャンクションは附与されないとした場合)。See アメリカ不法行為法, infra, at 133-34.

優劣 社会全体の費用
3 各$75の損害x5軒の損害 $375
2 各戸に洗濯機$50x5軒=計の治癒策 $250
1 工場に防煙幕(smoke screen)の予防策 $150

取引費用がゼロならば、「清浄な空気の権利:the right to clean air」(住民勝訴)でも
「汚染権:the right to pollute」(工場勝訴)でも結論は同じ。

追加条件 工場が勝訴(汚染権) + 各戸に取引費用$60X5軒=$300
優劣 社会全体の費用
2 各$75の損害x5軒の損害 $375
1 各戸に洗濯機$50x5軒合計の治癒策 $250
3 工場に防煙幕費用相当$150の賄賂(bribe)+取引費用$300 $450

以下、see POLINSKY, infra, at 15-20. 

「コースの定理」のまとめ

取引費用が高額化する要因の例は…↓ アメリカ不法行為法, infra, at 244-45. See also WITTMAN, infra, at 35-36.
  • 取引相手が多数e.g.,多国籍間条約(multi-lateral agreement) v.二国間条約(bilateral agreement)) ← 対策は、市場取引に任せるよりも政府規制の方が効率的。   / 「反共有地の悲劇」 / 複数の取引相手の全員一致(unanimity)が要求される場合=拒否権を有する各人が独占力を有してしまう。→価格の非効率な迄の高騰化。← 「市場の失敗」になる蓋然性が高いので、対策は、市場取引に任せるよりも強制収用eminent domainの方が効率的。
  • ルール(法規範)が曖昧(∴合意達成が困難) ← 対策は、効率的な結果に沿ったルール(法規範)の明確化
  • 敵意(hostility)
  • 「やり過ぎ(over-reaching) たとえばstrategic behavior(*1):全員一致(infra)」が必要な場合(拒否権がある場合)。 又は、タフ・ネゴシエイターな評判を勝ち得る為に、譲歩しない場合。
例えばアメリカの訴訟弁護士による「ランボー戦術」(Rambo tactics)(*2)  又はアメリカのタバコ訴訟(*3)に於けるタバコ会社・タバコ業界による消耗戦的戦術hardball tactics」。 ("playing hardball"とは、強硬に出る、という意味) 又はアメリカ訴訟におけるπ側弁護士からの過大な開示請求と、逆に剔、弁護士による過大な書類送付の問題。その一端は映画「訴訟」(*4)に描かれている。
(*1) 「strategic behavior」とは、自身の行動選択が相手方に如何なる影響を及ぼすのかを予想し予め織り込んでから自身の行動の選択決定を行うこと。特に自身にとって有利に成る行動を相手方に採らせるように、相手方の意思決定に影響を与えようとする行動の意。ゲーム理論の考え方。

(*2) 映画「ランボー(First Blood)」(シルベスター・スタローン主演、1982年、オライオン・ピクチャーズ)

(*3) タバコ訴訟に関する代表作的な映画は「インサイダー(The Insider)」(ラッセル・クロウ主演、アル・パチーノ共演、1999年、タッチストーン・ピクチャーズ)。最近の映画では「サンキュー・スモーキング(Thank You for Smoking)」(アーロン・エッカート主演、ロブ・ロー、ロバート・デュバル共演、2006年、フォックス・サーチライト・ピクチャーズ)

(*4) 映画「訴訟(Class Action)」(ジーン・ハックマン、メアリー・エリザベス・マストラントニオ出演、1991年、二〇世紀フォックス)
その他にも取引費用が上昇する例としては… WITTMAN, infra, at 35-36.
  • 「双方独占」(bilateral monopoly)売主(供給者)も買主(需要者)も一人しか存在しない場合。つまり当事者双方の交換物に代替物が存在しない場合。参照すべき「公正市場価格」(FMV: Fair Market Value)というものが存在しない為に合意難。E.g.,絵画「最後の晩餐」と「ナポレオンの王冠」の取引や、国境付近の領土を巡るイズラエルとパレスチナの取引、等。 ←→ 完全市場=代替品が沢山在り市場価格も存在する為に相手方が幾らの対価ならば同意するかの情報が判る。 / つまり[完全競争]市場が失敗している状態。
取引費用がゼロとは、協力的という意味 (協力解!)
【以下、前回講義の再掲】 πと凾フ両者が取引すれば、仮に両者が結婚した場合(映画「大いなる西部(The Big Country1958年アメリカ映画、グレゴリー・ペック主演、チャールストン・ヘストン共演)のように協力し合う関係になれれば(i.e.,取引費用(*)がゼロならば)、取引せずとも効率的な選択肢を自然に選ぶので、効率的な結果に至る。 COOTER & ULEN, infra, at 87-88.  / 世界史の例を挙げるならば、1479年のカスティーリャ女王イザベル一世とアラゴン王フェルナンド二世の結婚によるイスパニア王国の成立?!  ⇒ 二人の娘が神聖ローマ皇帝の息子と結婚して出来た長男がイスパニア王位を継承すると共に神聖ローマ皇帝をも継承してハプスブルグ朝スペインに繋がる!!!
すなわち、法はまず、両者のどちらが権利を付与されるべきかを決める。COOTER & ULEN, infra, at 88.
次に、もし両者が非協力的ならば、どちらに権利付与したか如何で効率的な結果に至るか否かも決まるId
しかし、もし両者が取引を成功させられれば、どちらに権利付与しても効率的な結果に至るId
「コースの定理」の以上の面を要約すると、以下になる。See COOTER & ULEN, infra, at 89.

The Descriptive Coase Theorem」(記述[的]理論)

The Normative Coase Theorem (規範的コースの定理)

The Normative Hobbs Theorem (規範的ホッブズ[*]の定理)

[*] LEVIATHAN (1651)の作者。「万人の万人に対する争い。」 自然状態に於いては、人は協力解に至る程に合「利」的ではなく争い合ってしまう性向を有しているから、強大な権力が合意形成を強要すべきと説いた。 See COOTER & ULEN, infra, at 97 & n.14.
取引費用の削減策は…アメリカ不法行為法』, infra, at 244.
平野晋 「賠償責任と、無責任と、抑止 〜Liability, Irresponsibility, and Deterrent〜」@総務省「IP化時代の通信端末に関する研究会」の第8回研究会(2007年5月22日)(垂直統合が無くなってプレイヤーが多数化したらば責任強化のみならず政府規制の強化も必要であると示唆。更に効率的な--Best Risk Minimizerへの間接責任賦課--ルールの明確化も主唱。)

コースの定理のハイポ(おまけ)

復習:  descriptive("is")(叙述的) ←→  normative("should")(規範的)について「第二回の講義」参照。

復習: 取引費用の高額化の原因の一つは「やり過ぎ」 ?  アメリカの訴訟弁護士による「ランボー戦術」(Rambo tactics) ?  映画「ランボー(First Blood)」(シルベスター・スタローン主演、1982年、オライオン・ピクチャーズ)

以下「コースの定理」の続き―「インジャンクション」を救済手段とした場合

POLINSKY, infra, at 17, table 1.
工場の
生産量
工場の
追加的利益
工場の
利益累計
住民の
追加的損失
住民の
損失累計
利益計−損失計
0 ____ $0 ____ $0 $0
1 $10,000 $1,000 $9,000
2 $4,000 $14,000 $15,000 $16,000 -$2,000
3 $2,000 $16,000 $20,000 $36,000 -$20,000
インジャンクションとして住民に「清浄な空気の権利」を付与すれば、取引費用がゼロならば、取引合意が$1,000(住民の損害額)〜$10,000(工場の利益)の間で成立。 しかし2個以上の生産では工場の利益が少ないので取引不成立  → 1個の生産という効率的結果。 / 実損害を支払う損害賠償の場合も同じ。
逆に[工場側が「汚染権」を付与されて(即ち住民にはインジャンクションも損害賠償も全く付与されなくても)、取引費用がゼロでも、1個の生産の場合には住民は$1,000迄しか支払う用意がないところに工場側は$10,000以上でないと中止を承諾しないので合意に至らずに1個の生産という効率的な結果に至る。しかし2個の生産の場合は、住民は$16,000未満ならば支払うように申し出る工場側は$14,000以上ならば承諾するのでその間の額にて生産中止の合意成立。3個の場合も同様(住民$36,000未満の申し出に対し、工場は$16,000以上ならば承諾)。]
しかし取引費用が高額で、たとえば「strategic behavior」な場合(タフ・ネゴシエイターな評判を勝ち得る為に、譲歩しない!)で、住民側に「清浄な空気の権利」が付与されインジャンクションを請求可能な場合、例えば住民は$8,000を要求し、工場は$5,000迄しか譲歩しない場合 → 住民はインジャンクションを行使し、工場は全く生産できない! → 非効率な結果。 以下の「最適な権利付与」にて治癒可能!! 
裁判所は工場に対し1個迄の生産の権利付与(=住民に対し2個以上の生産は中止させられるインジャンクションの権利付与)=中間的な権利付与(intermediate entitlement)(絶対的権利absolute entitlement)ではない) / 又は、損害賠償であれば、実損害を賠償金として設定すれば同じように効率的結果に至る。

____________________.


本日はココ迄


次回はテキストの以下を読んでおくこと。
 27〜30頁(不法行為法の特徴)、
 38〜43頁(賠償と抑止機能等)+43〜54頁(行き過ぎた厳格(絶対)責任の問題)
 66〜67頁&図表#4(故意、過失、厳格責任)、
 96〜100頁(過失責任の基本)、及び
 215〜219頁(法と経済学と不法行為法)。


ジョン・ロールズによる批判 〜「公正としての正義」、「分配に於ける正義」、他〜

See平野晋『アメリカ不法行為法---主要概念と学際法理342-44頁(中央大学出版部、2006年)の第二部、第II章.

規範的法哲学者」(normative legal philosophers)とは…

「法と経済学」および「批判的法学研究」(CLS: critical legal studies)との比較に於いて、第三番目の法の原理的な学派としてのジョン・ロールズのことを、倫理哲学的に不法行為法を分析する指導的学者のGeorge P. Fletcherは以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).
Fletcher, Why Kant, supra, at 428-29.

ドゥオーキンによる批判

有名な批判は、ドゥオーキンの以下の論文です。

Ronald M. Dworkin, Is Wealth a Value?, 9 J. LEGAL STUD. 191 (1980).

「法と経済学」は、社会に於ける富の極大化を善として、それ自体が目的化しているようです。

しかし、富の極大化自体が何故、善なのでしょうか?

法が本来目指すべきは、「福祉の極大化」(welfare)であるべきです。


「法と経済学」と「シカゴ学派」の歴史

「法と経済学」という比較的新しい学際的学問分野の出現に於いては、いわゆる「シカゴ学派」(Chicago School)がその勃興に貢献したという指摘を、しばしば目にします。

それでは一体、その法と経済学のシカゴ学派というものはどのように出現したのでしょうか?その歴史を簡潔に示すものとして、以下の論考の中から紹介しておきましょう。

出典: Minda, James Boyd White's Improvisations of Law As Literature, infra, at 157, 168-170.

アメリカ法学に於ける学際研究の歴史と、「法と経済学」とカラブレイジ(Calabreisi)

アメリカでは古くから学際的に法律学を研究していた点を、倫理哲学的に不法行為法を分析する指導的学者のGeorge P. Fletcherが、以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).
(n.17)Calabresi, Some Thoughts on Risk Distribution and the Law of Torts, 70 YALE L. J. 499 (1961).
(n.18) K. LLEWELLYN & E.A. HOEBEL, THE CHEYENNE WAY (1941).

「パレート最適」よりも「カルドア・ヒックス効率」の方が「法」の経済分析に適する理由

この点についても、前掲George P. Fletcherが、以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).

主要参考・引用文献


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"[E]very lawyer ought to seek an understanding of economics" because [w]e learn that for everything we have to give up something else, and we are taught to set the advantage we gain against the other advantage we lose, and to know what we are doing when we elect.
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Oliver W. Holmes, The Path of the Law, 10 HARV. L. REV. 457, 474 (1897) cited in
Stephen G. Gilles,
The Invisible Hand Formula, 80 VA. L. REV. 1015, 1042 (1994).

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