法と経済学
***第八回***

Law + Economics

中央大学 国際情報学部 教授 & 学部長
博士(中央大学・総合政策)、米国弁護士(
NY州)
平野 晋

関連ページは、「現代不法行為法理論」の中の「経済学的抑止論」(Economic Deterrence Theory

Susumu Hirano, Professor of Law, Faculty of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN); Member of the New York State Bar (The United States of America). Copyright (c) 2020 by Susumu Hirano.   All rights reserved. 但し作成者(平野晋)の氏名&出典を明示して使用することは許諾します。 もっとも何時にても作成者の裁量によって許諾を撤回することができます。 当サイトは「法と経済学」の研究および教育用サイトです。

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主要参考・引用文献

関連情報

ジョン・ロールズによる批判 〜公正としての正義、分配に於ける正義、他〜

「規範的法哲学者」(normative legal philosophers)とは…

ドゥオーキンによる批判

「法と経済学」と「シカゴ学派」の歴史

アメリカ法学に於ける学際研究の歴史と、法と経済学とカラブレイジ

「パレート最適」よりも「カルドア・ヒックス効率」の方が「法」の経済的分析に適する理由

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 第8回講義

物権・知財権、「反共有地の悲劇」と、「会社法」の法と経済学

前回の復習として、Civil Society:文明社会」を第7回の講義のウエブページで説明。併せて、前回配布物の平野晋『体系アメリカ契約法』17頁の財産権・物権の説明も。

財産権法(物権と知的財産権)と「反共有地の悲劇」

財産法(property): 物権、知財権(IP)

property(財産法)とは何か?--法律学的分析
propertyには以下の二つの要素が重要。COOTER & ULEN, infra, at 77-78.
@所有者は自身の財産に何をしても自由である。  
A上の所有者による権利行使に対して他者は干渉を禁じられる。
propertyは、他人に遠慮することなく所有者が意思を行使できるという「プライバシー(*)の領域」(a zone of privacy)を創造している。 /  「他者からの干渉に対して保護されている...『自由(liberty)』と呼ばれる。」    クーター&ユーレン, infra, at 112.
(*)privacyとは、see アメリカ不法行為法at 202. "right to be let alone" 
@人が...所有物について A為し得ることと、為し得ないこととを定めている。」  クーター&ユーレン, infra, at 111 (emphasis added).
「物権」(rights against the world:対世権) ←→ 「債権」(=対人効)(契約、事務管理、不当利得、不法行為)
「物権」: 有体物(tangible)に対しての権利。 
「排他独占権」=排他性が問題になる。
「限界」も問題になる → e.g., 憲法29条2項「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」、(著作権の保護期間、後段参照)
「所有権」---自由に使用、収益、または処分が可能。(民法206条)
「権利の束」(a bundle of rights
「占有権」「担保物権」
排他独占権の付与。但し、公有権とのバランスを図る。
保護期間 / 特許(発明)には「新規性」(公知はダメ)と「進歩性」(容易はダメ)が要。 / 著作権は事実情報等には及ばない。
ソフトウエア等のサイバー知的財産権に関しては、以下の諸問題が出現。
「パブリック・ドメイン(公有地)」論(共有知、オープン・ソース=フリー・ソフトウエア)。 / いわゆるミッキーマウス訴訟」 / 「反共有地の悲劇」の問題=情報交換の取引費用」の高騰化。 ↓ 【「取引費用」に就いては、以下「コースの定理」の続きを参照。】

マッドマックス 怒りのデス・ロード」  「マッドマックス2」 ← 非協力解  

***** 以下、manaba配布物「反共有地の悲劇」も参照。****

「反共有地の悲劇」(The Tragedy of the Anti-commons)

阪神淡路大震災後の復興の遅れと「反共有地の悲劇」

C. Post-Earthquake Reconstruction of Kobe, Japan
  In Japan, the costs of failure to prevent the emergence of anticommons property appeared recently during the rebuilding following the 1994 Kobe earthquake.  Although $30 billion has flowed into the city, and highways, held in undivided state ownership, have been rebuilt, much of the rest of the city still lies in rubble [瓦礫], because "a single angry tenant can block urban renewal and does." []   Anticommons property has appeared because of mistakes in Japanese land laws enacted after World War II.  Under these laws, some land in Kobe has been divided to the point where there are "thousands of parcels [区画] the size of a U.S. garage," and a building "can be based on a plot [区画・地所] that is actually dozens of smaller parcels thrown together by developers."[]  In one block of Kobe, over 300 renters, lessees, landowners, and subletters own often-overlapping claims, and each one must agree before rebuilding can go forward.[]  According to a city official, "[i]t's like trying to get thousands of little corporate presidents to agree on one plan." []  Once anticommons property has been created, it is difficult to find a way out.  Japan faces a set of historical and cultural constraints on local government intervention.  "The city could conceivably [考えられるところでは] evict any tenant or landlord and buy the land under laws of eminent domain [強制収容].  But Japanese authorities frequently decline to seize property because of the nation's preference for harmony and consensus." []  Instead, several years after the Kobe earthquake, seven out of ten buildings remain damaged or in rubble; rebuilding plans are set, but are blocked by owners. []  "[T]he only bargaining chips left to the participants in this debate are property rights." []   The effect of bad real property law spreads beyond housing costs: The whole system is a drag on[時間を費やす] the economy and can even pose trade barriers.  Japan's bad loan crisis will take years to mop up [拭い去る], in part because squatters and deadbeat [借金を踏み倒す] debtors have such strong rights to stay put.  Tokyo's Narita Airport is still unfinished 18 years after opening, because farmers refuse to give up land on what would become a second runway. []   The anticommons problem can be solved either by making the property in question a public resource or by concentrating ownership in fewer hands.

Michael A. Heller, The Tragedy of the Anticommons: Property in the Transition from Marx to Markets, 111 Harv. L. Rev. 621, 684 (1998) (emphasis added) (Citing Jathon Sapsford, Quake-Hobbled Kobe Shows How Land Law Can Paralyze Japan, Wall St. J., Dec. 12, 1996).

_____________________.

The “tragedy of the anticommons” occurs “when multiple owners each have a right to exclude others from a scarce resource and no one has an effective privilege of use”

Michael A. Heller and Rebecca S. Eisenberg, Can Patents Deter Innovation? The Anticommons in Biomedical Research, 280 SCIENCE 698, 698 (1998).

_____________________.

§3.9   Other Solutions to the Problem of Incompatible Land Uses:  . . . .  /   Attaining the efficient solution . . . of conflicting land uses would have been much simpler if a single owner of both the factory and the residential property affected by its smoke would want to maximize the combined value of both properties.   This is the correct economic goal and the effort to reach it would not be burdened by the costs of obtaining the agreement of many separate owners.
 So why are such mergers so infrequent?   First, buying all of the affected property would be administratively costly because it would require transacting with many individual rights holders.  . . . . 
  The single-ownership solution to the problem of conflicting land uses is approximated by those oil and gas --- the majority --- that allow compulsory utilization, by which the vote of a substantial majority (usually two-thirds) of the owners of an oil and gas field to operate the field as under common ownership will bind the minority.  . . .

Richard A Posner, Economic Analysis of Law 66 (4th ed. 1992).

 ちなみに日本の「区分所有法」は、5分の4以上の賛成で建て替え可能。


次回は「コースの定理」@テキストpp.239〜245以降を読んでおくこと。

会社法(自己資本比率)の「法と経済学」 〜会社法と自己資本比率が及ぼす危険愛好的経営判断

 「株主有限責任の原則

  株式会社、法人(格) v. 自然人、「法人格否認の法理(piercing the corporate veil)

私法
商法
「会社法(corporations)(e.g., debt-equity ratio:負債[・自己資本]比率)  「証券取引法(security regulations)」 → 映画「ウオールストリート2: Money Never Sleeps」("Buy my book!")

           法人と自然人 / 株主有限責任の原則 / 法人格否認の法理 piercing the corporate veil / 
           debt financeとequity finance
の違い / 分配・返済の優先順位は「債権者>株主


           危険愛好 / 危険中立 / 危険回避  (テキスト@pp.238〜39; 283-84; 354)

負債比率が上昇すると、自己資本比率の少ない株主は危険愛好的に行動する。∵一方では出資額以上の責任は有限責任の原則により免除され、かつ他方では、賭けに勝った場合の利得は享受できてしまえるから。See 神田&小林, infra, at 167-69.
ハイポ(神田&小林, infra, at 165-68): 事業費用が合計400万円掛かる事業を行うA氏の株式会社。もし事業費用の全額を自己投資で賄(まかな)う場合には、以下の2つの計画の内の前者―【計画I】―を選択するはず。 
【計画T】 : 1年後に500万円の収入を出すので、結果100万円の儲(もう)けが生じる確率が100%ある計画。

【計画U】 : 1年後に800万円収入を出すので結果400万円の儲けを出す確率が50%あるけれども、逆に300万円を損失して結果100万円しか回収できない確率も50%ある計画。=「400万円X0.5」+「−300万円x0.5」=200万円−150万円=50万円の儲けの期待値
しかし事業費用計400万円の内の自己資本比率を以下のように変更すると、結果が変わって来る。
【自己資本比率の例#1】 : A氏の自己出資額は300万円で、銀行から借入額100万円の融資を受ける。融資条件は、前提を単純化すべく無利子で1年後に元金返還だけでokayとする。

【自己資本比率の例#2】 : A氏の自己出資額は100万円で、銀行から借入額300万円の融資を受ける。融資条件は上と同じ。
前提条件
株式会社 株主有限責任の原則
事業費用 400万円
銀行借入 元金返済義務のみ(無利子)

なお、会社の収入・資産の分配順位は、債権者が優先株主は劣後する。

∴ → もし会社に十分な資産があれば、債権者は元金+利子を株主よりも先に確実に確保できて手堅いけれども、
会社の収入が多い場合には元金+利子を超えた利益の分配を債権者は得られず、
債権者に債務を先に返済した残余の収益部分は上限なしに株主が利益分配を享受できる

尤も逆に → もし会社に十分な資産がなくて、債権者に会社が元金全額を返済できない場合には、
債権者はその残債部分を株主に肩代わりするような請求を出来ない。 ∵「株主有限責任の原則」

100%自己資本

自己資本:400万円
事業計画I
  • 500万円収入x100%:
    500万円収入-400万円事業費
    =計100万円期待利益

事業計画II
  • 800万円収入x50%: 800万円収入-400万円事業費=400万円利益x50%=200万円期待利益(*1)
  • 100万円収入x50%: 100万円収入-400万円事業費=-300万円損失x50%=-150万円期待損失(*2)
  • (*1)+(*2)=計50万円期待利益
自己資本比率#1
自己資本:300万円
銀行借入:100万円
  • 500万円収入-100万円借入返済-300万円自己資本=計100万円期待利益
  • 800万円収入-100万円借入返済-300万円自己資本=400万円利益x50%=200万円期待利益(*3)
  • 100万円収入-100万円借入返済-300万円自己資本=-300万円損失x50%=-150万円期待損失(*4)
  • (*1)+(*2)=計50万円期待利益
自己資本比率#2
自己資本:100万円
銀行借入:300万円
  • 500万円収入-300万円借入返済-100万円自己資本=計100万円期待利益
  • 800万円収入-300万円借入返済-100万円自己資本=400万円利益x50%=200万円期待利益(*5)
  • 100万円収入-[収入全額100万円借入返済]-100万円自己資本=-100万円損失x50%=-50万円期待損失(*6)
  • (*5)+(*6)=計150万円期待利益
自己資本比率の例#1の場合に採用される計画】 : 【計画T】が採用される。∵一方の【計画T】で出た収入500万円の内の借入額100万円を銀行に返した残額400万円をAは得るので、出資金300万円に比べた儲けは100万円になる。
  他方【計画U】では収入800万円(但50%の確率)から銀行への返済100万円を除くと残額700万円になってそこから自己資本300万円を除くと400万の儲けとなるけれども(期待値@は400万円x0.5=200万円)、失敗した場合(但50%の確率)には回収できた100万円を全て銀行に返還するのでAは全く取り分が無く出資額300万円を丸損する為に損失が300万円となる(期待値Aは−300万x0.5=−150万円)ので、【計画U】に於ける合計した儲けの期待値@+A=200万円−150万円50万円となってしまう。
  従って【計画T】で確実に100万円の儲けを生む方がベター。
自己資本比率の例#2の場合に採用される計画】 : 【計画U】が採用される。∵【計画T】では収入500万円から借入金300万円を銀行に返還するから、Aは残額200万円を得るので、出資金100万円に比べた儲けは100万円になる。
  しかし【計画U】を採用すれば、成功した場合(但50%の確率)の収入800万円から銀行への返済300万円を除いた残額が500万円となるので出資金100万円に比べた儲けが400万円になる。(期待値@は、400万円x0.5=200万円の儲けの期待値となる。) しかも(50%の確率で)失敗した場合には、回収した100万円は全て銀行への返済に充てられて自己資本100万円は全く回収できないけれども、銀行への残債200万円は「株主有限責任の原則」によって返還義務を負わないから、損失の期待値Aは「−100万円(自己資本)x0.5=−50万円で済んでしまう。【計画U】に於いて合計して期待される儲けは@とAの合計=200万円−50万円=150万円となる

  ∴【計画T】の100万円の儲けよりも、【計画U】の儲けの期待値150万円の方が大きい。
対策(一部私見) : 自己資本比率を高めさせる。株主の個人責任を取る。project financing(プロ・ファイ)


ジョン・ロールズによる批判 〜「公正としての正義」、「分配に於ける正義」、他〜

See平野晋『アメリカ不法行為法---主要概念と学際法理342-44頁(中央大学出版部、2006年)の第二部、第II章.

規範的法哲学者」(normative legal philosophers)とは…

「法と経済学」および「批判的法学研究」(CLS: critical legal studies)との比較に於いて、第三番目の法の原理的な学派としてのジョン・ロールズのことを、倫理哲学的に不法行為法を分析する指導的学者のGeorge P. Fletcherは以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).
Fletcher, Why Kant, supra, at 428-29.

ドゥオーキンによる批判

有名な批判は、ドゥオーキンの以下の論文です。

Ronald M. Dworkin, Is Wealth a Value?, 9 J. LEGAL STUD. 191 (1980).

「法と経済学」は、社会に於ける富の極大化を善として、それ自体が目的化しているようです。

しかし、富の極大化自体が何故、善なのでしょうか?

法が本来目指すべきは、「福祉の極大化」(welfare)であるべきです。


「法と経済学」と「シカゴ学派」の歴史

「法と経済学」という比較的新しい学際的学問分野の出現に於いては、いわゆる「シカゴ学派」(Chicago School)がその勃興に貢献したという指摘を、しばしば目にします。

それでは一体、その法と経済学のシカゴ学派というものはどのように出現したのでしょうか?その歴史を簡潔に示すものとして、以下の論考の中から紹介しておきましょう。

出典: Minda, James Boyd White's Improvisations of Law As Literature, infra, at 157, 168-170.

アメリカ法学に於ける学際研究の歴史と、「法と経済学」とカラブレイジ(Calabreisi)

アメリカでは古くから学際的に法律学を研究していた点を、倫理哲学的に不法行為法を分析する指導的学者のGeorge P. Fletcherが、以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).
(n.17)Calabresi, Some Thoughts on Risk Distribution and the Law of Torts, 70 YALE L. J. 499 (1961).
(n.18) K. LLEWELLYN & E.A. HOEBEL, THE CHEYENNE WAY (1941).

「パレート最適」よりも「カルドア・ヒックス効率」の方が「法」の経済分析に適する理由

この点についても、前掲George P. Fletcherが、以下の論考に於いて次の様に指摘しています。

出典: George P. Fletcher, Why Kant, 87 COLUM. L. REV. 421 (1987).

主要参考・引用文献


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"[E]very lawyer ought to seek an understanding of economics" because [w]e learn that for everything we have to give up something else, and we are taught to set the advantage we gain against the other advantage we lose, and to know what we are doing when we elect.
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Oliver W. Holmes, The Path of the Law, 10 HARV. L. REV. 457, 474 (1897) cited in
Stephen G. Gilles,
The Invisible Hand Formula, 80 VA. L. REV. 1015, 1042 (1994).

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